とあるオタクの長期投資

投資、時々ラノベオタク

非正規とフリーランスの違い


 

どうもこの二つの属性が「弱者」として一緒くたにされているようなのだが、あまりにもおかしいと思うので思うところを書いてみようと思う。

 

ところで、やはり投資家はみな同じような考えに至るようでやや過激な主張では以下のようなものもよく見受けられる。

 

 

その理由はやはり投資家が常にリスクとリターンのことばかり考えているからに他ならないのだろう。

 

雇用されるというのはリスクを極力負わない代わりにリターンも少ない働き方である。

 

いくら好景気になろうと給料は事前に契約していた分しか貰えないが、しかし、その代わりとしていくら利益が少なかろうと倒産しない限りは(正社員であれば残業を無理やり減らされたりボーナスがカットされたりはあるとしても)契約していた分の給料をもらう権利を持っている。なんなら非正規雇用は月給がほぼ完全に固定されている。

 

しかるに、労働者は非正規労働者を含めある程度の雇用保証を雇用者に要求することができるだろう。なぜならば、リスクを負いたくないからこそリターンを捨ててまで雇用されているわけで、にもかかわらず収入がゼロになるという目に遭うのはおかしいからである。(ある程度、なのはリスクは原理的にゼロにならないからである)

 

よって、倒産や解雇、派遣切りという形で職を失った場合に、政府からの救済を求めるのは一理ある。企業が労働者を保護しない、もしくは倒産などで保護に失敗することがあるのであれば、政府が法人税や事業税を通じて(非正規雇用者であっても)ある程度の保護をすべきだし、失業保険のようなリスクを分散する仕組みを整備すべきである。

 

一方、自営業でもフリーランスでもなんでもいいが、その働き方は雇用労働の真逆である。好景気による高収入を総取りできるのだから、不景気に直面した際に政府に救済を求めるのはお門違いとしか言いようがない。最低限生存に必要な分を除いて、例えばこれまで通りの生活をするための収入を要求するのはまったくもっておかしいのである。

 

まずやるべきことは生活水準を落として支出を切り詰め貯蓄を切り崩すことであって、それでも厳しいときになって始めて社会保障を要求すべきである。もともと大した収入がなかったとか、大きな収入はあったけれど全部使ったから貯蓄がないなどというのは甘えでしかない。先のツイートを借りるならばgreed and mismanagementによって困窮しただけの話である。

 

事業、もしくは投資というのはそのようなものではないのか。(事業というのは自己投資を含め何かしらの形での投資を伴うものである)そしてそれは事業規模によって変わる話ではない。それらはリスクを負ってリターンを追い求める営みであって、いざリスクが現実となったときに救済を求めるのはあってはならないことである。その先には生産性の低下とモラルハザードしかない。

 

大規模感染症の流行は確かにブラックスワンであり、それは一事業者が対処すべきではないのかもしれない。しかし、少なくとも今の段階で起きているのは「一か月ほど収入が途絶える(もしくは一回興行が開催できなかった)」程度のとてつもなくしょぼいことである。

 

1年2年続くならまだしも、この程度の危機すら乗り越えられない生産性の低い事業は潰れた方がマシだし、このような事態すら想像せずに事業収入を浪費していたならば自業自得である。前者のような事業をいたずらに保護しては国としての生産性の低下を招くし、後者を保護したらモラルハザードを招くのである。それは対象が大企業でも中小企業でも個人事業主でもまったく変わらない。

 

別に死ねと言っているわけではない。一事業が失敗しても、ゼロから新しい事業を立ち上げられるし(堅実に経営して、そして生産性が高ければ成功するだろう)、雇用される道も選べるし、どうしようもなくなったら生存権を主張すればいいだけである。*1最低限の生存を保障するための現金給付と、事業者への損失補填はまったく次元の違う話なのである。*2

 

少なくとも、事業を営む者は自営業だろうがなんだろうが成功時に得られるリターンに見合ったリスクを負担すべきである。本当に理解に苦しむのだが、フリーランスで収入が途絶えたならまずすべきは給付を叫ぶよりバイトでも何でもして収入を確保することなのではないのか?イベントや興行を開催できなかったら、まずはしかるべき人がしかるべき損失を負担すべきではないのか?

 

コミケのような非営利事業であっても基本的には同じ話である。仮に救済を求めたなら、開催できなかった場合のリスク管理を一切していないということになるがそれはおかしくないだろうか。

 

現実がどうなのかは知らないが、仮にいかなる場合にも会場のキャンセルに費用がかかるのなら、いかなる場合でもサークルや企業の参加費を返金しないような規約にすべきである。カタログの収益がなければ費用を払えないのであれば、普段から少し高めにしておいて積み立てておくか、カタログ収益を担保に参加費を多めにとって余ったら返金するといった保険のような仕組みを考えておくべきである。もしそれをしていないのならば「いざというときは運営が損失を被る仕組み」になっているのだからいざというときに運営が損失を被る準備をすべきである。そのような仕組みを作ったのは運営自身なのだから、それ以外にどのような道があるだろうか?

 

そこまでして、それでもなおうまくいかなかった場合に初めて文化だのなんだの言って救済を求めるのが筋ではないのか?

 

世の中にはさまざまなリスクがあり、その中には避けられないリスクが無限にある。リスクをゼロにすることは原理的に不可能なのであり、そのようなものは税金を通じて国民が広くそのリスクを負担するべきであるが、しかし、管理できるはずのリスクを管理しなかったツケは1人1人が負うべきである。その線引きが難しいのは確かであるが、非常時だからとその議論を放棄することのリスクは非常に大きい。

*1:もっとも、残念なことに社会保障の網から漏れてしまう事例というのは存在するわけだが、それは本記事の内容とはまた別の話である。安易にミクロの話とマクロの話を同時にするのはあまりよくない。

*2:なので、個人的には最低限の生存保障としての現金給付には必ずしも反対ではない。もっともいくつか条件があるのだが、それについて述べると長くなるのでやめておこうと思う。