とあるオタクの長期投資

投資、時々ラノベオタク

自国通貨建ての国債なら破綻しないという主張に対する素朴な疑問


ネットでは日本の財政について、自国通貨だから問題ないという論説が幅を利かせているというのが私の認識なのですが、私がそれを見るたびに思っていた疑問があります。

 

ここは投資ブログなので、私は投資家なわけですが

「自国通貨建ての国債を無限に発行できるならばそれはフリーランチであり、フリーランチが存在しないという原則に反しているのではないか」

という疑問をいつも抱きます。一応投資家なので、リスクとリターンに敏感なんですよね。

 

「フリーランチが存在しないという原則」というのが分かりづらい場合は「質量保存の法則」や「錬金術が存在しないこと」というのを連想してもらえばよいでしょう。無から富は生まれないという原則です。

 

ここで「いやいや自国通貨建てなら破綻しないと無限に発行できるは違うでしょ」と言われれば、それはそうだねと返すしかないわけですが、大抵の場合「日本はもっと財政支出をするべきだ!←何故なら金利も低いし自国通貨建てだからだ!」みたいな感じで使われているのを見ると自国通貨建てなら国債を無限に発行できると信じている人は一定数いるんじゃないかなと。

 

まあ、無限に発行できるかはさておき、世の中にフリーランチはないことは確実なわけで、従って対価を払わずに発行できる債務なんてものは存在しないと考えないとおかしいわけです。なぜなら、そんなフリーランチがあるならば世の中は無限に幸せになれるからです。

(別の金属をゴールドに変えて儲けようとする行為を錬金術と呼ぶわけですが、フリーランチは無から富が生まれるという意味で錬金術より凄いものです)

 

その意味で、もっと財政拡張をすべきだという主張に対しても私は疑問を抱いています。なぜなら債務発行には必ず対価が必要で、対価が必要ないならそれはフリーランチ(以下略)

 

例えば「買い物にはリボ払い♪」と書くと馬鹿にされますが「お金をばらまくために債務発行♪」とか「保育士の給料に補助金を!」などと書くと日本に足りないのはそれだ!となるのは意味がわかりません。単なるお金のバラマキと、一時の消費のための借金の何が違うというのかという話です。金利って知ってます?

 

これに対してレイダリオは非常に分かりやすい(けれども残酷な)説明をしていまして「生産性を向上させる(=将来の所得を向上させる)借金はいい借金、そうじゃない借金は将来からのお金の前借り」という風(意訳)に述べています。確かに、前者は正しい債務の使い方でしょう。一方、後者の場合、債務の借り手には利払い負担だけが残ります。

 

そして、果たして、国債を発行してお金をばらまくことが生産性の向上につながるのでしょうか?こんなにも医療費にお金をつぎ込んでいる日本で?外国から軍用機を買ってるのに?もし国債発行によって生産性が向上しないとなると、そこには利払い負担だけが残りますけど?

 

念のために書いておきますが「外国から軍用機を買ってるのに?」の意味は「軍事開発が技術の発達に寄与してきた歴史を踏まえると、自分で開発するなら生産性向上につながる可能性があるが、外国から買ってるということはその支出が生産性の向上につながる可能性が0に近い」というものであって、日本の軍事政策に対する何らかの意見の表明ではありません

 

誰が何と言おうと、債務はどこかで、そしていずれかの方法で返済されなければなりません。

 

確かに、多種多様な債務の返済方法を持っているという点で自国通貨建ての国債を発行している国家は他の主体と異なります(みんな大好き家計と国家は違うってやつですね!)

 

しかしそれは、債務返済の源泉をどの国民から徴収するか選べる(e.g.債務のツケを国民全体に払わせるのか、富裕層にメインに払わせるのか選べる)ということや、インフレ税という形で無理やり返済することができる、ということを指しているのであり、まかり間違っても「何の対価もなく債務を返済できる」ということを指しているわけではありません。なぜならフリーランチは原理的に存在しないからです。

 

統合政府論だろうがMMTだろうが何だろうが、その原則が揺らぐことはありません。

 

従って、国債発行が足りないという可能性はまずありません。

 

なぜなら、日本の財政支出の大半は、生産性の向上につながっていないのが現状ですし、もし「生産性の向上につながるところに国が支出を振り分ける」ことができるのならば、今すぐ計画経済に移行した方が早いからです。そもそも、もし政府がそんなに有能ならGDP比230%という債務残高になってません。(金利よりも高い)生産性の向上によるGDPの増加がおき、GDP比の増加の方は抑えられているはずです。

(経済理論というのは「見方」を変えるだけであって「本質」を変えるものではないと個人的には思っています。そして私が思う経済の本質の一つに、フリーランチは存在しえない、というのがあります)

 

どのタイミングで、そしてどのような経路でもって、債務のツケを払わなくてはいけないのかということを当てるのは難しいでしょう。

 

しかし、いくつかそれを考えるヒントは存在します。

 

例えば、大きな債務を抱える国では債務を支えるために中央銀行が金利を低く抑えなければならないわけですが、その結果我々の金利収入が失われてしまします。つまり、そのような意味で、中央銀行が国債の金利を低く抑えているのは実質的な増税です。日本の国債がマイナスであることを誇らしげに言う人がなぜかいますが、それって要は税金ですよね?(増税なので当然日本の財政がちょびっと健全化します)

 

為替通貨安によってインフレが起きれば(orインフレによって為替通貨安orインフレのみ)、政府の債務負担は減りますが、その代わりその通貨を保有している国民の購買力が低下します。国民の富が減って、国の借金が減ったということは、それが実質的な税金であることを意味します。

 

消費税が上がってiPadが高くなると皆さんは怒りますが、アベノミクスの円安誘導によって少なくとも10%はiPadが高くなっていることに怒っている人が居ないのは不思議です。

 

債務問題はいつか解決しなければならないものですが、よく知られている先送りの手法が一つあります。「より大きな債務を作ること」です。しかしそれは、持続可能なのでしょうか?もしそれが持続可能ならば、世の中にフリーランチが存在することになるのですが……。

 

もしも「俺は錬金術ができるんだ!」という人がいましたら私にお知らせくださいませ。

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